自分にとっての家の味とわ?

母親の出す料理だったのだけれど


それは、非常に不味い物だった。
他人からの批判を息子が気の毒に思うほど


でも、公正を期する為に云うと中には美味い物もあった。


でも、自分の母親の出す料理、
排他的であり、赤の他人、違う人に出すには、
毒なんだ。


美味しい料理を食べるには、その場の環境と云う物が強い要素だと思っているんだ

自分を含み多くの人は心地よい環境で食事にありつきたいと思っていると思う。


でも、威張っている料理人は、その環境を作り出すことを出来ないと
自分は、思っている。


その様な単純な事すら解らない
未熟な人だと思っているんだ。


食に対して、何もわからない未熟な人だと思っている。


飽食の時代だと言われ、何十年も経っている

でも、美味しいご飯を食べた事がない人が多いのかもしれないね?


何故なら。
今でも、威張っている料理人の出す料理を有難がって好んで食べる人もいるのだから


過去の経験で美味しいご飯を食べた事のある自分なら


威張っている料理人の出す料理人の評判を聞いたなら


そんな、お店に行こうとは思わない。


結果として、不味い料理を食べる事になるのだからね?